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「BANZAIサイダー」

〜100年前のサイダーが蘇えるまで〜 株式会社長崎県酒販

長崎の出島といえば知らない人はいないだろう。

現在の出島は島のカーブした一辺を残して埋め立てられ、敷地内には当時の町並みが再現されている。
年間38万人が訪れる観光地となり、撮影ロケなども行われる場所だ。
今回、取材をさせていただいた株式会社長崎県酒販は、この出島と目と鼻の先にある酒の卸業者さんだ。

―― 時は1904年、長崎。

この地である英国人男性が、
売りに出た清涼飲料水製造機を落札し、サイダーの生産を始めた。

この男の名はロバート・ニール・ウォーカー。
元航海士で海運業を営む実業家である。

ロバートが作ったこのサイダーは、約15年間販売していたとされる史料が残っており、日本で初めて大量生産された飲料水となる。
今から105年前、長崎で産声を上げたこのサイダーをロバートは

「BANZAIサイダー」と名付けた ――。

2004年の冬、株式会社長崎県酒販の営業の荒木博之さんは佐賀県で飲料工場を営む友桝飲料へ来ていた。

「その日はたまたま別件で友桝さんの所へ来ていたんです。
 その時に何気なく談話してたんですよ。『長崎は歴史のある街だし何か作りたいね』 と。
 当時はご当地飲料が流行りだしていた頃でね。
 それでネーミングだけの 所謂お土産物にはしたくないね、ってのがみんなの考え。面白いねって話になって。
 でもまだサイダーとは決まってなくて、他の飲料でいく企画もあったんです。」

こうして話を進めてゆくうちに面白い話を耳にする。17年前に『長崎旅博』で限定発売サイダーがあった。

その名前はバンザイサイダー。実は大昔、この長崎で販売されていたサイダーらしい。

「とにかくバンザイサイダーに関して当時の資料が無いわけですよ。」

しかしその後も諦めずに図書館や長崎歴史文化博物館で文献を調べ続けた。
すると興味深いものを発見した。

「サイダーを最初に日本に持ってきたのは1859年、浦賀のペリーと 言われているんです。
その頃サイダーはクスリだった。
シーボルトってご存知ですよね、彼が鳴滝塾で蘭学を教えていた時に弟子が 本を出してるんですよ。
その一節に『炭酸水は腎臓結石に良い』と。
その本が1832年。つまりペリーよりも先に長崎にサイダーが入っている、
ということですよ。
そしてシーボルトが住んでいた居留地に詳しい 長崎総合科学大学のブライアン教授に行き着いたんです。」

ブライアン教授はバンザイサイダーを知っていた。
そこでロバート・ニール・ウォーカーという創業者やサイダーを生産した機械、
工場として使われた現存するレンガ造りの建物などを知る。

しかし当時の瓶やラベルはどうしても出てこなかった。

「まあ容器はガラス瓶にするとして。その、ラベル自体がね、
そもそも当時あったかどうかも分からんのですよ。そこでラベルは現代風にデザインすることにしました。」

ラベルはロバートが航海士出身ということで海と夕日をイメージし、
爽やかなブルーと僅かなオレンジでグラデーションにした。
そして王冠には創業者の名前の頭文字。

「次は味です。これも当時の味を知る人がいないんでね(笑)。
でも考えられることはロバートさんはすべて長崎の物を使ったのではないかと。
水は古くから名水と呼ばれる島原のもの。甘味料には砂糖を使ったかと。
砂糖が日本に伝わったのは出島ですから。
砂糖はそこから佐賀を通って本州に行くわけです。
これがシュガーロードと言われています。その道筋にはカステラや佐賀の羊かんなど
甘いお菓子が名物となっているんです。」

ちなみに現代の主流は液糖

「そして最後に香料です。サイダーはCIDERと書く、つまりシードル。
フランス語でりんご酒の意味です。ですので現在の炭酸系の主流であるレモンライム香料ではなく、
当時用いられたとされるシャンパンサイダー香料を使いました。」

そしてさらに当時の味に近づける為、
友桝飲料から見つかった古いラムネのレシピを参考に試行錯誤を繰り返した。

こうして
デザインはウィロー社の八智代さん、
商品化には友桝飲料、
販売は長崎県酒販
の3社が共同し具現化に向け奔走。
そしてついにこの3社の思いが形となる日が来る。

そしてついに思いが形となる日が来る。

2006年11月、「BANZAIサイダー」が発売された。
あの日、何気ない談話の中から生まれた構想から2年の歳月が経っていた。

この時に長崎新聞に取り上げられたのを機としてTV、新聞、ラジオなど延べ
60近くの媒体で紹介されている。これまでに出荷された本数は約20万本。

当時のビン

最後に1つ、エピソードを語ってもらった。
ある日、会社に一本の電話が入った。電話の相手はブライアン教授。
「すぐに古田さんの店に行ってみなさい。」という。
古田さんとは明治より地元でラムネ屋を営むお店のご主人である。
到着すると古田氏はおもむろに分厚いビンを差し出してきた。
ひと目で年代物とわかるビー玉の入ったラムネ瓶。
が、その側面に刻まれた文字に驚かされた。

「なんとそこにはB・A・N・Z・A・Iって書いてあったんですよ。
 あれだけ探しても出てこなかった当時のビンが出てきたんです。」

さらに驚いたことにバンザイの文字が当時もアルファベットで大文字という
平成版と同じだったという偶然。これらの発見は関係者を驚かせた。

最後にこれからのBANZAIサイダーに託したい思いを聞いてみた。

「おめでたい時に飲んでいただきたいですね。毎日が誰かのお誕生日であるし、
何かの記念日であるわけです。そしてこのサイダーの復刻にあたり多くの人を繋げたように、
これからもいろんな場所でたくさんの人々を繋げていってくれればと思います。」

いかがだったでしょうか。

BANZAIサイダーの産みの親、 ロバート・N・Wが日本で目にしたバンザイは精悍であり、 どこかユニークなものに映ったのだろうか・・・。

バンザイ!の掛け声と共に栓を抜けば、100年前の長崎の香りがよみがえるのかもしれない ー

会社概要

会社名 株式会社長崎県酒販
本店住所 〒850-0862
長崎県長崎市出島町15番7号
電話番号 本店
TEL :095-823-1171
FAX :095-823-3653
BANZAIサイダーに
関するお問い合わせ

TEL :095-828-2243

株式会社長崎県酒販のHPはこちらから

長崎BANZAI本舗
バンザイサイダー公式HP

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