以前は当たり前のように使っていた割りばし。 エコが意職されるようになってからは、「マイ箸」といって自分専用のはしを外食店でも使用する人や、店舗によっては割りばしに変わり、普通のはしを置いてある飲食店もかなり増えた。 だが、これらはしの原材料まで気にしている人はそうはないだろう。 今回取材に伺った(株)環境経営総合研究所が製作している「紙のお箸」は、その名のとおり原材料が紙のはしだ。 だがただの紙ではない。 牛乳パックや紙食器などで使用している、食品衛生法を通過する安全な紙をリサイクルしてつくった、エコなはしだ。 また同社が製作している商品は、はしだけではない。 シュレッダーで刻んだ紙や書籍の裁断クズといった、細かな紙ごみである「産業廃棄古紙」。 この紙くずからも多くのアイテムを制作しているというのだ。 実は産廃紙というのは、これまでは再び紙にするのが不可能なリサイクル外の紙。 その量は国内で使われている紙の約18%にもあたるという。
プラスチック製品をエコな素材からつくる
私たちの身の回りには多くのプラスチック製品があふれている。 小さなものではCD・DVDケース、ペットボトル、おもちゃ、レジ袋など。大きなものでは家電製品のボディーや什器などだ。 プラスチックそのものはナフサという石油原料からつくられている。 ただその生成過程で化学反応をさせるため、今の日本では燃えないゴミとしてその多くが処理されているのだ。 ようは廃棄、埋めているのである。 同社ではプラスチック製品をこれまでとは違う素材からつくろうと、日々研究開発している。 その結果上記した「紙のお箸」をはじめとする数多くのエコ商品が、次々と生まれているのだ。 商品の種類は多岐に渡り、素材をつくっている原料により分かれる。 ◆アースリパブリック製品 発砲トレー、緩衝材、断熱剤、保冷箱。 ◆マプカ製品 紙のクリップ、紙のクシ、紙のお箸、紙の容器、紙の玩具。 ◆脱臭剤 農業畜産用脱臭剤、家庭用脱臭剤、工業用脱臭剤。 ◆再生木材 デッキ材で製作した什器(ベンチ、イス、棚など)、デッキ材そのもの、ルーバー。 それぞれの商品の材料を説明していくと、同社と代表である松下敬通氏が歩んできた、こだわりの道が見える。
反骨精神からスタートした創業時代
同社の設立は1998年。 今では従業員数が25名を越え、年商は45億円近くになった。 千葉、茨城、札幌に工場を持ち、札幌は営業所を構えるまでに成長。 売上高は年々倍々で右肩上がりを続けているという。 だが設立時は松下氏1人であり、当時の話を聞くとどん底からのスタートだったという。
「僕はもともと金融マンでね。 画期的なアイデアで緩衝材を製作したというメーカーに、出資者としてアドバイスをする立場だったんです。 ですがそのメーカーの社長が経営者としては今ひとつの人物で。 ならば僕が代表を務めるかというかたちで、金融会社を辞めて独立したんですよ。 ですが......」 松下氏はその人物に"だまされた"と話を続けてくれた。 会社は辞めてしまったし、出資を募った仲間に合わす顔がない。 氏は後ろを振り返ることなく立ち上がり、まずはメーカー社長として最低限の技術を覚えようと、九州の町工場に通ったという。 そしてものづくりの基本を覚えていく。 「ようは丁稚奉公のようなもんですよ(笑)。ですがその時の僕の年齢は40歳。必死でしたね」 ものづくりの修行を終えた氏は、これまでにない緩衝材を開発しようと、様々な原料での製作を試みたという。 だがなかなか思うような製品はできなかったそう。つくっては失敗するという試行錯誤を何度も繰り返し、あきらめかけたその頃に、ようやく現在も販売している産業廃棄古紙と合成樹脂を練り込んだ素材でつくった、緩衝材が誕生したというのだ。そしてそこから同社は一気に飛躍していく。
紙を細かくする技術+経営戦略にこだわりを
同社のこだわりは2つあると筆者は感じた。 1つ目は製品開発に対するどん欲な研究心。 2つ目がマーケットを的確に読み、需要ある商品を投入する優れた経営感覚だ。 ――まずはものづくりのこだわりから。 「産廃古紙というのは最初から細かいもの。 それをさらに細かくするという技術は、言うは簡単ですが、それは苦労の連続で。 製紙メーカーをはじめとする大手企業もこれまでチャレンジしたようですが、結果うまくいかなかったと聞いています。 だから僕も最初はうまくいきませんでしたよ。 ですがある時たまたま入ったそば屋で、石臼でそば粉を挽いているのを見て、ぴんときたんです。『この方法だ!!』とね」 そして現在でもその仕組みの基本は変わっていないという、画期的な機械を発明する。 だが氏はここで止まらなかった。 その後大手自動車メーカーに同社の緩衝材を卸すことが決まったこともあり、次の一手に出る。本格的な生産工場の建設だ。 「国内の町工場で使用している機械って、確かに個々での性能は高いですよ。 僕のように試行錯誤を重ねた結果つくられた機械が多いですからね。 ただその機械をつなげ、ラインとして大量生産を行うといったベースにまでもっていく技術・力量が、 多くの中小メーカーには欠けていると思うんです」 同社は2003年に千葉県内に本格的な生産工場を建設する。 そしてその後住友商事ケミカル(株)とパートナーシップを結び、IBMやシャープといった大手メーカーに商品を卸していくことになる。 その中で氏はあることに気付く。 「このままプラスチック製品の代用商品をつくっていっても、大した利益にはならない。 であれば、いっそのこと材料であるペレットを卸す素材メーカーとして歩んでいった方がいいのではないか......」 同社はその後、紙を樹脂に混ぜる技術を応用して、木屑や天然鉱石のカスを樹脂に練り込んだペレットを次々と研究開発していく。 そして今、プラスチック成形品の代用材料であるペレットを各種取り揃えた素材メーカーとして、世界に羽ばたこうとしているのだ。
古紙再生ペレットで世界を獲る
町工場がいくら世界レベルの技術でものづくりをしても、 社長も従業員も大手上場企業ほどの待遇も給与も受けていないというのが、 日本のものづくり業界の実態だろう。 言い方は厳しいが、 経営者としては世界レベルにないということだ。 「僕は新しい製品を開発する際に、 必ずマーケットから情報を得るようにしています。 いくら素晴らしい製品をつくっても、 市場で支持されなければ意味がないですから。 このスキルは、過去金融マンとして学んだものです」
マーケターとしての高いスキルを持ち、金策にも強い。これほど頼もしい肩書きを持つ人物は、中小企業レベルではそうはいないだろう。 「同社のペレットがどこまで世界に広がるか――。僕は挑戦し続けますよ」 最後に力強くそう話してくれた松下代表の表情が印象的であった。まだまだ同社の勢いは止まらない。 今後ますますの活躍に期待したい。
以前は当たり前のように使っていた割りばし。
エコが意職されるようになってからは、「マイ箸」といって自分専用のはしを外食店でも使用する人や、店舗によっては割りばしに変わり、普通のはしを置いてある飲食店もかなり増えた。
だが、これらはしの原材料まで気にしている人はそうはないだろう。
今回取材に伺った(株)環境経営総合研究所が製作している「紙のお箸」は、その名のとおり原材料が紙のはしだ。
だがただの紙ではない。
牛乳パックや紙食器などで使用している、食品衛生法を通過する安全な紙をリサイクルしてつくった、エコなはしだ。
また同社が製作している商品は、はしだけではない。
シュレッダーで刻んだ紙や書籍の裁断クズといった、細かな紙ごみである「産業廃棄古紙」。
この紙くずからも多くのアイテムを制作しているというのだ。
実は産廃紙というのは、これまでは再び紙にするのが不可能なリサイクル外の紙。
その量は国内で使われている紙の約18%にもあたるという。
プラスチック製品をエコな素材からつくる
私たちの身の回りには多くのプラスチック製品があふれている。
小さなものではCD・DVDケース、ペットボトル、おもちゃ、レジ袋など。大きなものでは家電製品のボディーや什器などだ。
プラスチックそのものはナフサという石油原料からつくられている。
ただその生成過程で化学反応をさせるため、今の日本では燃えないゴミとしてその多くが処理されているのだ。
ようは廃棄、埋めているのである。
同社ではプラスチック製品をこれまでとは違う素材からつくろうと、日々研究開発している。
その結果上記した「紙のお箸」をはじめとする数多くのエコ商品が、次々と生まれているのだ。
商品の種類は多岐に渡り、素材をつくっている原料により分かれる。
◆アースリパブリック製品
発砲トレー、緩衝材、断熱剤、保冷箱。
◆マプカ製品
紙のクリップ、紙のクシ、紙のお箸、紙の容器、紙の玩具。
◆脱臭剤
農業畜産用脱臭剤、家庭用脱臭剤、工業用脱臭剤。
◆再生木材
デッキ材で製作した什器(ベンチ、イス、棚など)、デッキ材そのもの、ルーバー。
それぞれの商品の材料を説明していくと、同社と代表である松下敬通氏が歩んできた、こだわりの道が見える。
反骨精神からスタートした創業時代
同社の設立は1998年。
今では従業員数が25名を越え、年商は45億円近くになった。
千葉、茨城、札幌に工場を持ち、札幌は営業所を構えるまでに成長。
売上高は年々倍々で右肩上がりを続けているという。
だが設立時は松下氏1人であり、当時の話を聞くとどん底からのスタートだったという。
「僕はもともと金融マンでね。
画期的なアイデアで緩衝材を製作したというメーカーに、出資者としてアドバイスをする立場だったんです。
ですがそのメーカーの社長が経営者としては今ひとつの人物で。
ならば僕が代表を務めるかというかたちで、金融会社を辞めて独立したんですよ。
ですが......」
松下氏はその人物に"だまされた"と話を続けてくれた。
会社は辞めてしまったし、出資を募った仲間に合わす顔がない。
氏は後ろを振り返ることなく立ち上がり、まずはメーカー社長として最低限の技術を覚えようと、九州の町工場に通ったという。
そしてものづくりの基本を覚えていく。
「ようは丁稚奉公のようなもんですよ(笑)。ですがその時の僕の年齢は40歳。必死でしたね」
ものづくりの修行を終えた氏は、これまでにない緩衝材を開発しようと、様々な原料での製作を試みたという。
だがなかなか思うような製品はできなかったそう。つくっては失敗するという試行錯誤を何度も繰り返し、あきらめかけたその頃に、ようやく現在も販売している産業廃棄古紙と合成樹脂を練り込んだ素材でつくった、緩衝材が誕生したというのだ。そしてそこから同社は一気に飛躍していく。
紙を細かくする技術+経営戦略にこだわりを
同社のこだわりは2つあると筆者は感じた。
1つ目は製品開発に対するどん欲な研究心。
2つ目がマーケットを的確に読み、需要ある商品を投入する優れた経営感覚だ。
――まずはものづくりのこだわりから。
「産廃古紙というのは最初から細かいもの。
それをさらに細かくするという技術は、言うは簡単ですが、それは苦労の連続で。
製紙メーカーをはじめとする大手企業もこれまでチャレンジしたようですが、結果うまくいかなかったと聞いています。
だから僕も最初はうまくいきませんでしたよ。
ですがある時たまたま入ったそば屋で、石臼でそば粉を挽いているのを見て、ぴんときたんです。『この方法だ!!』とね」
そして現在でもその仕組みの基本は変わっていないという、画期的な機械を発明する。
だが氏はここで止まらなかった。
その後大手自動車メーカーに同社の緩衝材を卸すことが決まったこともあり、次の一手に出る。本格的な生産工場の建設だ。
「国内の町工場で使用している機械って、確かに個々での性能は高いですよ。
僕のように試行錯誤を重ねた結果つくられた機械が多いですからね。
ただその機械をつなげ、ラインとして大量生産を行うといったベースにまでもっていく技術・力量が、
多くの中小メーカーには欠けていると思うんです」
同社は2003年に千葉県内に本格的な生産工場を建設する。
そしてその後住友商事ケミカル(株)とパートナーシップを結び、IBMやシャープといった大手メーカーに商品を卸していくことになる。
その中で氏はあることに気付く。
「このままプラスチック製品の代用商品をつくっていっても、大した利益にはならない。
であれば、いっそのこと材料であるペレットを卸す素材メーカーとして歩んでいった方がいいのではないか......」
同社はその後、紙を樹脂に混ぜる技術を応用して、木屑や天然鉱石のカスを樹脂に練り込んだペレットを次々と研究開発していく。
そして今、プラスチック成形品の代用材料であるペレットを各種取り揃えた素材メーカーとして、世界に羽ばたこうとしているのだ。
古紙再生ペレットで世界を獲る
町工場がいくら世界レベルの技術でものづくりをしても、
社長も従業員も大手上場企業ほどの待遇も給与も受けていないというのが、
日本のものづくり業界の実態だろう。
言い方は厳しいが、
経営者としては世界レベルにないということだ。
「僕は新しい製品を開発する際に、
必ずマーケットから情報を得るようにしています。
いくら素晴らしい製品をつくっても、
市場で支持されなければ意味がないですから。
このスキルは、過去金融マンとして学んだものです」
マーケターとしての高いスキルを持ち、金策にも強い。これほど頼もしい肩書きを持つ人物は、中小企業レベルではそうはいないだろう。
「同社のペレットがどこまで世界に広がるか――。僕は挑戦し続けますよ」
最後に力強くそう話してくれた松下代表の表情が印象的であった。まだまだ同社の勢いは止まらない。
今後ますますの活躍に期待したい。
文章・写真:杉山 忠義
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