「わ・る・な・らハイサワー♪」のCMでお馴染みの
あまりに慣れ親しんだこのフレーズ。 だが実際に「ハイサワー」という商品がどのような物で、 どんな会社がどこで製造しているかまでもを知っている人はそうはいないだろう。 開発・販売しているのは(株)博水社。 同社は創業以来目黒の地で一貫して清涼飲料水をつくり続けている企業であり、その歴史は80年を超えた。
ハイサワーが誕生してからの歴史も 来年30年ということで、現在ではその関連アイテム数は20を超えたが 「お酒を割る炭酸飲料というスタンスは開発当初からずっと変わっていませんよ」と、創業者田中武雄氏の孫にあたり、 現在3代目を務める田中秀子社長は、その人柄が表れたにっこりとした笑みを浮かべ取材に応じてくれた。
スタートはまちのラムネ屋
「創業時は出来上がった ジュースやラムネをリヤカーで 近所の駄菓子屋さんに売り歩いていた街の小さなラムネ屋さんで、 うちみたいな業者が都内に400件近くあったそうです。 ところが、 コカ・コーラをはじめとする 外資系飲料メーカーが一気に日本に入ってきて......」
その後同業社数は40社にまで減ったという。 だが、ここから秀子氏の父であり2代目社長(現会長)である専一氏の挑戦がはじまる。 「私は自宅が工場の横にあったこともあり、 夜な夜な父が何か新商品の試作を繰り返している姿を、小さな頃からずっと見てきました」 一般的に同社のような飲料メーカーというのは、寒い季節になると売り上げが急激に落ち込むそうだ。 だが、酒類だけは例外で12月が一番の売り上げ月だという。 その理由は忘年会――。 専一氏はそこからヒントを得て「お酒を割るための飲み物を作ればいいのだ」と発起したという。
「ハイサワー」誕生
実は「ハイサワー」誕生の前に 専一氏が6年の歳月をかけて開発した商品があるそうで、その商品にはホップのエキスが入っており、割った瞬間にまるでビールのような泡が立つものだったという。 「父は試行錯誤を重ね、 ようやく新商品完成させました。 そして、いよいよ売り出そうとした矢先に......」
なんと、ホップのエキスを輸入しようとしていた米国の企業が倒産をしてしまう。 今であればホップであれレモン果汁であれいくらでも手に入るのだろうが、当時は貿易の自由化がスタートしたばかり。ホップエキスが専一氏のもとに届くことは二度となかった。
その後専一氏は家族を連れて傷心旅行とでもいうのであろう、アメリカは西海岸を訪れる。 だが、そこで見た光景が一度は崩れかかっていた専一氏の開発魂に再び火をつけたのである。
「旅行先で現地のアメリカ人が おいしそうにカクテルを飲んでいる姿を見た父は、 その姿を見てなにもホップにこだわる必要はないと感じたのです。 そして、日本独自のカクテルをつくってやろうと再び闘志を燃やしはじめました」 ――日本独自のカクテル。つまり焼酎ベースのカクテルである。
その後日本に戻ると専一氏はすぐに新商品の開発に取り掛かる。 こうして「わ・る・な・らハイサワー♪」のCMでお馴染み「ハイサワー」は生まれた。 ********************* この話には続きがある。 同社はハイサワー発売から30年近くが経った2006年の6月に、 専一氏が開発したハイサワーの原点とも言える商品を発売した。 いや、復活・復刻といってもいいだろう。 専一氏の情熱は時代を超えてかたちとなったのである。
その商品は「ハイサワーハイッピー」と名付けられ、 「ホップ&レモン」「あわふわ」を加えたホップシリーズとして 同社の主力商品になろうとしており、 これらの商品には同社がハイサワー発売以降 30年に渡り培ってきたレモン果汁調合の知識・技術がふんだんに活かされている。
イタリア・シシリー島産のレモン+母のアイデア
「うちの商品で使用しているレモン果汁は全て イタリア・シシリー島で生産されたレモンのみを使用しており、 このことは創業時から一貫しております。 今でも定期的に島には買い付けに行きますので、 レモン農家さんの顔は当然わかっており、収穫、絞り、 また、日本に向けて出荷したのはいつなのかといった トレーサビリティを徹底しております」
30年前の開発時からイタリア農家と取引をしていたことに驚くと同時に、そのイタリア産レモン果汁からつくられたレモンエッセンスの使用量を聞いてさらに驚きが増した。 「レモンエッセンスを入れる量は全体の約1000分の1程度です。 商品によっては3000分の1という場合もありますので、 単位にしたらmlというわずかな量です。 ですが、私たちはその1滴以下のレモンエッセンスの品質にも徹底的にこだわってきました。 また、開発当時いつものように新商品の試作をしていた父に 母がある言葉をかけたんです。『隠し味でワインを入れてみたら』と」 ハイサワーレモンにはほんの少しだけワインが入っているという。 焼酎やウイスキーを同商品で割ったときに感じるまろやかさは、母のアイデアから生まれたのである。
とりあえず一杯!能書きよりも「うまさ」で勝負
「焼酎なんていっぱしの酒じゃあない」 そんな風潮が過去の世にはあった。 もちろん、焼酎の本場九州でそんな意見が聞かれることはないだろうが、 関東では日本酒やビール、またウイスキーといったお酒が 会社帰りのサラリーマンの晩酌の共として親しまれてきたのは事実である。 もっと言えば、焼酎は昼間の肉体労働で疲れたからだを癒したい職人さんや、 ただ酔っ払いたいだけの人たちの酒として位置付けされていた。
だが、専一氏はハイサワーの良さを知ってもらおうと、近所の飲み屋を中心に 「焼酎をハイサワーで割るとこんなに美味しいんですよ」と説明しながら、 無料で両商品を配ったという。 そして、飲み屋のママさんが口コミで評判を広げ、 今やお酒を飲む人であれば誰でも知っている飲み物として世に広まったのである。
筆者はある商品を思い出した。 日本におけるスポーツドリンクの元祖「ポカリスエット」である。 同商品も発売当初は世の中から認知されずに、赤字覚悟で大量に商品を配ったと聞く。そして、結果は今なお売れ続けているヒット商品となった。だが、無料で商品を配るという企業姿勢は今でも続けられているという。 ポカリスエットが発売されたのは1980年。 まさにハイサワーが生まれたのと同じ時――。 「最近は30年前と違って 焼酎がお洒落な飲み物としてとらえられているようですが、私たちがハイサワーにかける思いはずっと変わりません。 多くの人がいつでも気軽に安価でおいしお酒を楽しみながら飲むことです。 ですので、新橋辺りで焼酎とハイサワーを自分好みの味に調整して飲んでいるサラリーマンの方を見ると嬉しくなっちゃいます!」 秀子社長はそう微笑み 「家に帰ってからたくさん飲んでくださいね♪」と大量の商品を土産に持たせてくれた。 目黒のラムネ屋一家が一丸となって考え世に出した商品は、味のこだわり、販売手法共、時代は変われど受け継がれている。 今夜はハイサワーハイッピー・レモンビアテイストで一杯やるとしよう。
〒152-0002 東京都目黒区目黒本町6丁目2番2号
「わ・る・な・らハイサワー♪」のCMでお馴染みの
あまりに慣れ親しんだこのフレーズ。
だが実際に「ハイサワー」という商品がどのような物で、
どんな会社がどこで製造しているかまでもを知っている人はそうはいないだろう。
開発・販売しているのは(株)博水社。
同社は創業以来目黒の地で一貫して清涼飲料水をつくり続けている企業であり、その歴史は80年を超えた。
ハイサワーが誕生してからの歴史も
来年30年ということで、現在ではその関連アイテム数は20を超えたが
「お酒を割る炭酸飲料というスタンスは開発当初からずっと変わっていませんよ」と、創業者田中武雄氏の孫にあたり、
現在3代目を務める田中秀子社長は、その人柄が表れたにっこりとした笑みを浮かべ取材に応じてくれた。
スタートはまちのラムネ屋
「創業時は出来上がった
ジュースやラムネをリヤカーで
近所の駄菓子屋さんに売り歩いていた街の小さなラムネ屋さんで、
うちみたいな業者が都内に400件近くあったそうです。
ところが、
コカ・コーラをはじめとする
外資系飲料メーカーが一気に日本に入ってきて......」
その後同業社数は40社にまで減ったという。
だが、ここから秀子氏の父であり2代目社長(現会長)である専一氏の挑戦がはじまる。
「私は自宅が工場の横にあったこともあり、
夜な夜な父が何か新商品の試作を繰り返している姿を、小さな頃からずっと見てきました」
一般的に同社のような飲料メーカーというのは、寒い季節になると売り上げが急激に落ち込むそうだ。
だが、酒類だけは例外で12月が一番の売り上げ月だという。
その理由は忘年会――。
専一氏はそこからヒントを得て「お酒を割るための飲み物を作ればいいのだ」と発起したという。
「ハイサワー」誕生
実は「ハイサワー」誕生の前に
専一氏が6年の歳月をかけて開発した商品があるそうで、その商品にはホップのエキスが入っており、割った瞬間にまるでビールのような泡が立つものだったという。
「父は試行錯誤を重ね、
ようやく新商品完成させました。
そして、いよいよ売り出そうとした矢先に......」
なんと、ホップのエキスを輸入しようとしていた米国の企業が倒産をしてしまう。
今であればホップであれレモン果汁であれいくらでも手に入るのだろうが、当時は貿易の自由化がスタートしたばかり。ホップエキスが専一氏のもとに届くことは二度となかった。
その後専一氏は家族を連れて傷心旅行とでもいうのであろう、アメリカは西海岸を訪れる。
だが、そこで見た光景が一度は崩れかかっていた専一氏の開発魂に再び火をつけたのである。
「旅行先で現地のアメリカ人が
おいしそうにカクテルを飲んでいる姿を見た父は、
その姿を見てなにもホップにこだわる必要はないと感じたのです。
そして、日本独自のカクテルをつくってやろうと再び闘志を燃やしはじめました」
――日本独自のカクテル。つまり焼酎ベースのカクテルである。
その後日本に戻ると専一氏はすぐに新商品の開発に取り掛かる。
こうして「わ・る・な・らハイサワー♪」のCMでお馴染み「ハイサワー」は生まれた。
*********************
この話には続きがある。
同社はハイサワー発売から30年近くが経った2006年の6月に、
専一氏が開発したハイサワーの原点とも言える商品を発売した。
いや、復活・復刻といってもいいだろう。
専一氏の情熱は時代を超えてかたちとなったのである。
その商品は「ハイサワーハイッピー」と名付けられ、
「ホップ&レモン」「あわふわ」を加えたホップシリーズとして
同社の主力商品になろうとしており、
これらの商品には同社がハイサワー発売以降
30年に渡り培ってきたレモン果汁調合の知識・技術がふんだんに活かされている。
イタリア・シシリー島産のレモン+母のアイデア
「うちの商品で使用しているレモン果汁は全て
イタリア・シシリー島で生産されたレモンのみを使用しており、
このことは創業時から一貫しております。
今でも定期的に島には買い付けに行きますので、
レモン農家さんの顔は当然わかっており、収穫、絞り、
また、日本に向けて出荷したのはいつなのかといった
トレーサビリティを徹底しております」
30年前の開発時からイタリア農家と取引をしていたことに驚くと同時に、そのイタリア産レモン果汁からつくられたレモンエッセンスの使用量を聞いてさらに驚きが増した。
「レモンエッセンスを入れる量は全体の約1000分の1程度です。
商品によっては3000分の1という場合もありますので、
単位にしたらmlというわずかな量です。
ですが、私たちはその1滴以下のレモンエッセンスの品質にも徹底的にこだわってきました。
また、開発当時いつものように新商品の試作をしていた父に
母がある言葉をかけたんです。『隠し味でワインを入れてみたら』と」
ハイサワーレモンにはほんの少しだけワインが入っているという。
焼酎やウイスキーを同商品で割ったときに感じるまろやかさは、母のアイデアから生まれたのである。
とりあえず一杯!能書きよりも「うまさ」で勝負
「焼酎なんていっぱしの酒じゃあない」
そんな風潮が過去の世にはあった。
もちろん、焼酎の本場九州でそんな意見が聞かれることはないだろうが、
関東では日本酒やビール、またウイスキーといったお酒が
会社帰りのサラリーマンの晩酌の共として親しまれてきたのは事実である。
もっと言えば、焼酎は昼間の肉体労働で疲れたからだを癒したい職人さんや、
ただ酔っ払いたいだけの人たちの酒として位置付けされていた。
だが、専一氏はハイサワーの良さを知ってもらおうと、近所の飲み屋を中心に
「焼酎をハイサワーで割るとこんなに美味しいんですよ」と説明しながら、
無料で両商品を配ったという。
そして、飲み屋のママさんが口コミで評判を広げ、
今やお酒を飲む人であれば誰でも知っている飲み物として世に広まったのである。
筆者はある商品を思い出した。
日本におけるスポーツドリンクの元祖「ポカリスエット」である。
同商品も発売当初は世の中から認知されずに、赤字覚悟で大量に商品を配ったと聞く。そして、結果は今なお売れ続けているヒット商品となった。だが、無料で商品を配るという企業姿勢は今でも続けられているという。
ポカリスエットが発売されたのは1980年。 まさにハイサワーが生まれたのと同じ時――。
「最近は30年前と違って
焼酎がお洒落な飲み物としてとらえられているようですが、私たちがハイサワーにかける思いはずっと変わりません。
多くの人がいつでも気軽に安価でおいしお酒を楽しみながら飲むことです。
ですので、新橋辺りで焼酎とハイサワーを自分好みの味に調整して飲んでいるサラリーマンの方を見ると嬉しくなっちゃいます!」
秀子社長はそう微笑み
「家に帰ってからたくさん飲んでくださいね♪」と大量の商品を土産に持たせてくれた。
目黒のラムネ屋一家が一丸となって考え世に出した商品は、味のこだわり、販売手法共、時代は変われど受け継がれている。
今夜はハイサワーハイッピー・レモンビアテイストで一杯やるとしよう。
文章・写真:杉山 忠義
http://tadao-factory.com/
〒152-0002
東京都目黒区目黒本町6丁目2番2号